お知らせ

【ご案内】小川久子さんの「原爆記」
2020/05/20

 

 コープおきなわではこれまで、平和活動募金を活用して「ピースアクションinヒロシマ、ナガサキ」へ組合員を派遣してきました。

 今年は新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、県外からの参加が中止となりましたので募集を取り止めましたが、戦争や核兵器のない平和な世界をめざし、被爆者の心を受け継ぐ取り組みの一環として、被爆体験者・小川久子さん(ララコープの組合員)の「原爆記」をご紹介させていただきます。

 現地に行くことはかなわなくても、一人でも多くの方に読んでいただき、被爆の実相を学び、体験を語り継ぎいでいく取り組みができればと思います。

 

◆小川久子さんの「原爆記」はこちらから(PDF)

※「原爆記」は長崎県の生協・ララコープさんからご紹介いただきました。
  筆者の掲載許可も得ています。

 

◆小川久子さん(90歳)が「原爆記」を書くまでの経緯
 小川久子さんは14歳の時に、城山小学校で三菱兵器製作所の学徒報国隊員として働いていました。

 1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下された時、城山小学校2階の教室で被爆。爆心地から500m圏内にあった城山小学校では多くの方が亡くなりました。そのような中、小川さんは、大怪我はしましたが生き残ることができました。その後、亡くなった同僚の母親から「何故、あなただけ生き残ったの」と強く言われ、それ以降、被爆者であることに沈黙して生きてこられました。
 小川さんは、「何故、自分だけが生き残ったのか」その問いに長年苦しめられてきました。しかし、今年90歳を迎えた時、「90歳は卒寿であり、被爆者としての自分を押し殺してきた私の人生も卒業」と、世界の核兵器廃絶のため、また、二度と自分と同じように苦しむ人を出していけないとの思いから「原爆記」を書き表しました。「原爆記」を読んでくれる人が1人でも2人でもいたら良いとのことからララコープの他、長崎原爆資料館、長崎市立城山小学校、諫早市役所、西諌早リハビリセンターなどにも提供されています。

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